健常小児ドナーからの造血幹細胞採取に関する倫理指針
日本小児血液・がん学会造血幹細胞移植委員会
2002年4月20日理事会承認済み
01. 目的
わが国における小児造血幹細胞移植の歴史は1970年代の同種骨髄移植に始まり20年あまりになるが、最近では従来の同種骨髄移植に加えて同種末梢血幹細胞移植が行われるようになっている。
日本造血細胞移植学会は同種末梢血幹細胞ドナーの安全性を確保する目的で、「同種末梢血幹細胞移植のための健常人ドナーからの末梢血幹細胞の動員・採取に関するガイドライン」を公表し、G-CSFの長期的副作用および採取時の副反応をモニターするためドナーの登録システムを開始した※1。
一方、1989年の第14回国際連合総会において採択された「こどもの権利条約」は1994年にはわが国においても批准され、医療現場においても小児の権利擁護に関する議論の高まりがみられている。
日本小児血液・がん学会はこのような状況を鑑み、15歳以下の健常小児ドナーからの造血幹細胞採取の安全性を確保し、かつ小児ドナーの権利を擁護する目的で「健常小児ドナーからの造血幹細胞採取に関する倫理指針」を策定した。
本指針はん学会としての指針であり、個々の事例における最終的な判断は各施設の責任によって下されるべきものである。
02. 小児同胞をドナーとする場合の倫理的問題
健常小児を同種造血幹細胞移植のドナーとすることに関しては以下のような倫理的問題が指摘されている※2。
- 造血幹細胞提供に関してドナーには身体的ならびに精神的負担を与える。
- ドナーの自己決定権が保証されないことがある。
- 両親の関心が患者に傾きやすいため、同胞ドナーの代理人として不十分である可能性がある。
03. 同胞ドナーの権利擁護のための配慮
医療チームは小児ドナーに関して上記のような倫理的諸問題が存在することを両親に説明し、両親から必要以上の強制力が同胞に働かないようにして、同胞の権利擁護に努めなければならない。
HLA一致同胞ドナーが存在するという事実が治療法の選択に際して両親の判断に影響を与える可能性があるため、説明は患者および同胞のHLA検査を行う前に行い、以下の諸点を含むものとする。
- 同種造血幹細胞移植の必要性と具体的な方法と副反応
- 造血幹細胞採取の方法とリスク
- 日本小児血液・がん学会や日本造血細胞移植学会が公表している造血幹細胞移植データ
- 自施設における造血幹細胞移植データ
- 薬物療法や自家(自己)造血幹細胞移植、非血縁者間造血幹細胞移植など替わりうる選択肢とそれぞれの治療法の特徴
* 小児がん患者と同胞に関する研究によれば、両親の注意が患者に傾きやすいために同胞には潜在的に不安、孤独感、鬱状態、問題行動などが存在することが指摘されている。一方、両親の注意が同胞にも十分払われた場合には共感やいたわりの感情が養われるとの報告がある※3。
04. 両親の役割※4 ※5
両親は医療チームから上記の説明を受け、小児である患者および同胞ドナーの代理人として医療行為を受ける同意を行う。同胞ドナーへの説明と配慮が十分なされていると医療チームが判断した場合には、両親の決定が尊重される。しかし、乳幼児など判断力が未熟である同胞については特別の配慮が必要である(後述;項目06)。
05. 小児ドナーへの年齢に応じた説明と同意※3 ※5
従来小児ドナーへの説明は各医療チームの裁量にまかされていたが、今後はすべての医療チームが小児ドナーの年齢と発達段階に応じて分かりやすい説明をイラストやビデオを活用して行う必要がある。両親からの説明のみでは不十分であり、医療チームとして小児ドナーに説明を行わなければならない。
説明には以下の内容が含まれなければならない。
- HLA検査とその方法
- 骨髄採取の方法とその合併症
- 全身麻酔とその合併症
- 自己血貯血と自己血輸血
- 末梢血幹細胞採取(アフェレーシス)の方法と合併症
- G-CSFの作用と短期、長期の副作用(未知であることを含め)
医療チームの一員である看護婦は、主治医により十分な説明がなされたことを確認し、同意書または診療録に記載する。医療チームは小児ドナーの理解や同意のプロセスに問題があると判断した場合には、後述する小児の権利擁護者等の第三者が確認をすることが望ましい。
小児ドナーの同意に際しては、可能なかぎり本人の署名も残すようにする。
06. 幹細胞源選択に関わる特別な配慮
全身麻酔下での骨髄採取あるいはG-CSF投与後のアフェレーシスによる末梢血幹細胞採取のいずれもが健康なドナーへの医療行為であり、リスクが皆無ではないことを念頭に置いて選択をしなければならない。30年以上の歴史を有する骨髄採取と比較すると、健康ドナーからの末梢血幹細胞採取はまだ数年の経験しかなく、とくにG-CSFの長期的影響が未知である。また、末梢血幹細胞採取では体外循環を用いたアフェレーシスを行うことから、ドナーとなるためには安全に採取ができ、かつ採取のリスクとG-CSFの未知のリスクについての説明を理解でき判断が可能な年齢である必要がある。そのため、日本造血細胞移植学会および日本輸血学会のガイドラインでは同種末梢血幹細胞移植のドナーとなる年齢の下限を18歳としている。また、欧米では16歳を下限としている国が多い。今後、経験の蓄積にしたがってこの年齢基準は順次変更されていくべきものと考えられる。
日本小児血液・がん学会では上記のガイドラインに沿って、現状では10歳以上の同胞においてのみ骨髄、末梢血のいずれも選択できることとした。
1歳未満の乳児や重度の心身障害のある同胞については、細胞源のいかんにかかわらず原則として同種造血幹細胞移植のドナーとはしない。
なお、末梢血幹細胞採取にあたっては以下の点に十分留意する必要がある。
- 血管アクセスの確保が困難で循環動態にリスクを伴う場合は末梢血幹細胞採取のドナーとはしない。
- 同種輸血を前提とした末梢血幹細胞採取は行ってはならない。
- 血液製剤や中心静脈ラインを用いることはしない。動脈ラインについては可能なかぎり使用をさける。
07. 小児が親への造血幹細胞移植ドナーとなる場合
親子間ではHLAが近似していることがあり、子どもから親への移植が行われる可能性がある。医療チームは親子間でのHLA検査を行う前に、小児ドナーから親への移植には倫理的問題が存在することを両親に説明する。本人およびもう一方の親または保護者の同意を得た上で、小児ドナーの権利擁護者となりうる両親以外の第三者による同意確認が必要である。
15歳以下の子どもから親への造血幹細胞移植を計画する際には、医療チームはHLAの検査前に施設内の倫理委員会に申請をして承認をえなければならない。
08. 家族の特殊な状況について
たとえば両親が離婚していて各々の親が別々に同胞を養育している場合、患者の親は当該小児同胞とその親に対してHLA検査や造血幹細胞提供を強制することはできない。同胞の親権者が同意し、同胞本人の自発的意志が第三者によって確認された場合にはドナーとなりうる。
09. 小児の権利擁護者の参画について
小児造血幹細胞移植ドナーの人権を擁護するために、医療チームとは独立して小児の心理専門家が各段階(HLA検査、造血幹細胞採取の説明、造血幹細胞採取の準備、造血幹細胞採取の実施後)で小児ドナーと関わるようなシステムを各施設で構築するのが望ましい。小児の心理専門家は小児の自己決定を援助し、自己決定の確認という重要な役割を果たす。また、両親に対して第三者の立場から倫理的問題の存在を明示し、両親の意志決定過程の援助も行う。小児の心理専門家とは、小児専門のソーシャルワーカー、小児心理士、児童精神科医師、小児の権利擁護を専門とする弁護士等である。
参考文献
- ※1 「同種末梢血幹細胞移植のための健常人ドナーからの末梢血幹細胞の動員・採取に関するガイドライン」日本造血細胞移植学会 2000年7月21日第2版
- ※2 Chan KW,Gajewski JL,Supkins Jr.D,Pentz R,Champlin R,and Bleyer WA: Use of minors as bone marrow donors:Current attitude and management. A Survey of 56 pediatric transplantation centers. J Pediatr 1996;128:644-648
- ※3 Shama WI: The experience and preparation of pediatric sibling bone marrow donors. Social Work Health Care 1998; 27:89-99
- ※4 Weisz V and Robbennolt JK:Risks and Benefits of pediatric bone marrow donation:A critical need for research. Behavioral Sciences Law 1996;14:375-391
- ※5 Packman WL,Crittenden MR,Schaeffer E,Bongar B,Fischer JBR,and Cowan MJ:Psychosocial consequence of bone marow transplantation in donor and non-donor siblings.J Dev Behav Pediatr 1997;18: 244-253
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